プロモーションを含みます

「お下がりばかりでかわいそう」と悩む親の罪悪感と収納の現実

我が家のクローゼットを開けた瞬間、そこにあるのは上の子のお下がり。

……いや、もう「お下がり」っていう綺麗な言葉で片付けたくないレベルのやつ。

首元がダルのダルに伸びたTシャツ。よく見たらお腹のあたりにうっすら染みついた謎のシミ。膝がちょっと白っぽくなって、毛玉がこれでもかと群がっている保育園用のズボン。

「これを……今度の下の子に着せるのか……?」

朝のバタバタした支度の中、それを手にした瞬間に、心の底から黒い感情が湧き上がってくる。

「あーあ、またこれか」

「下の子、ごめんね……」

下の子の服を新しく買ってあげたい気持ちは、もちろんある。

ピカピカの新しい服に袖を通した時の嬉しそうな笑顔だって見たい。親なんだから当たり前です。

でも、頭の片隅で、もう一人の自分が冷酷につぶやく。

「いやいや、まだ着られるし!」

「サイズアウトしたわけじゃないし、生地だってまだしっかりしてるのに、もったいないでしょ!」

「ここで新しいの買ったら、このボロ……いや、まだ使える服たちはどうすんの? 捨てるの? 罰当たりな!」

……この、「子供に新品を買ってあげたい親心」と「もったいないお化けの呪い」の板挟み。

毎日のようにこの不毛な脳内バトルが繰り広げられて、気づけばため息ばかり。

私、どうすればいい?なんでこんなことで毎日のようにモヤモヤ悩まなきゃいけないんだろう。

「お下がりばかりでかわいそう…」ボロボロの服を前に感じる親の深い罪悪感

洗濯カゴの底から引っ張り出した、上の子のお下がり。

……いや、待てよ。これ、本当に人に譲れるレベルか? いや、下の子に着せるレベルか?

改めてまじまじと見ると、もう言葉が出ない。

保育園の砂場で激しく戦った勲章なのか、お腹まわりにうっすらこびりついた、何度洗っても落ちない謎のシミ。

袖口はびろーんと見事に伸びきったダルダルTシャツ。

そして極めつけは、お気に入りでヘビロテしすぎたせいで膝小僧のあたりにぽっかり空いた、愛おしくも哀しい小さな穴、そして無数の毛玉だらけのズボン。

これを、これから保育園にいく下の子にそのまま穿かせるのか……?

想像しただけで、胸のあたりがキュッと締め付けられるような、罪悪感が湧いてくる。

「お兄ちゃん(お姉ちゃん)のばっかりで、下の子はいつもお下がり……」

誰に言われたわけでもないのに、頭の中で声が響く。

上の子のときは、小さな服一枚買うのにもあんなにワクワクして、可愛い服を選んで、初めて袖を通すときは写真まで撮ったのに。

下の子には、ごめん、それがない。

あるのは「お下がりボックス」から引っ張り出してきた、くたびれた戦闘服の山だ。

新しい服を買ってあげたい。

西松屋でピカピカの真新しい服を見たときの一瞬のきらめき。

それを我が子に着せたときの、あの「やったね!」っていう満面の笑みを見せてあげたい。親なら誰もが心の底から思う、ごくごく自然な願いだ。

だけど、そのすぐ横から、もう一人の現実的な私が冷水をぶっかけてくる。

「いやいや、ちょっと待てって」

「まだ生地はしっかりしてるし、穴だって塞げば(塞がないけど)、保育園でどうせ汚して帰ってくるんだから一緒でしょ?」

「サイズだってまだ着られるのに、ここでわざわざ新しい服を買うなんて、お小遣いの無駄遣いだし、何より……まだ着られる服を眠らせたり捨てたりするなんて、もったいないお化けに出くわしそう!」

このジレンマ。

新しく買ってあげたい親心と、まだ使えるものをポイっとできない貧乏性。

気づけば、クローゼットの前でため息ばかり吐いている。

……というか、ちょっと待てよ。

そもそも、こういう「お下がり」や「これから用に取っておかなきゃいけない服」って、家にどれだけあるんだっけ?

上の子のサイズアウトした服、人から「お下がりでどうぞ!」ってもらった大量の段ボール箱。

キレイなものはちゃんと残しておきたいし、せっかくもらった好意だから無碍にはできない。

でも、そのせいで、クローゼットも押し入れも、リビングの隅っこまでパンパンに膨れ上がってないか?

正直、この服の山そのものが、家の中のスペースをギュウギュウに圧迫していて……なんだか、息が詰まる。

この毎日のモヤモヤ、もしかして「服をとっておかなきゃいけない」「収納しきれない」っていう、この目に見える物理的なストレスも、知らず知らずのうちに私の心を追い詰めてるんじゃないのか……?

本当に下の子は「お下がり」を嫌がっている? 子どもの本音と大人の思い込み

「うわぁ、またお兄ちゃんのこれ……?」

朝、クローゼットから出したくたびれたTシャツを渡したとき、下の子がうっとうしそうな顔をする。

「なんで僕だけいつもお下がりなの? 新しいの欲しい!」

って文句を言う。

その一言を聞いた瞬間、親の胸にはグサッとナイフが刺さる。

「ああ、やっぱり嫌がってる……すまない……」

って、また激しい自己嫌悪の渦に引きずり込まれる。

でもさ、ちょっと待て。

本当にそうなの?

親が勝手に「お下がりばかりで可哀想だ」って思い込みを背負い込んで、勝手に打ちのめされてるだけじゃないのか?

実際、下の子をよく観察してみたり、ちょっと落ち着いて話を聞いてみると、案外そうでもなかったりする。

保育園や幼稚園に行くときは、

「これ、お兄ちゃんが着てたやつだぜ、カッコいいだろ!」

なんて、上の子のお下がりであることに変な誇りを持ってたりするし、友達と外で泥だらけになって遊ぶときには、ボロだろうが何だろうが関係なく、むしろ汚しても怒られないお下がりグッツのほうが全力で暴れられて気楽だったりする。

子供は子供で、親が思っている以上に現実的で、ちゃっかり状況を分かってる。

「お兄ちゃん、これ着てたな」

「これ、ちょっとボロいけど、まあいっか」

って、自分の中でちゃんと折り合いをつけてたりするんだよね。

もちろん、本気で「新しいのがいい!」って駄々をこねる瞬間はある。

それは事実だ。

だけど、親が「お下がりを着せている=私はダメな親だ」「この子は不幸だ」なんて、心の底から罪悪感を背負い込む必要なんて本当はどこにもない。

私たちが勝手に「お下がりは良くない」っていう呪いにとりつかれて、勝手に苦しんでるだけなんじゃないか?

子どもの本当の気持ちは、そんなに深刻なものじゃないのかもしれない。

「上の子だけ新品でずるい」という感情をほどく、小さな工夫とマインドセット

とはいえ、頭では「お下がりでもいっか」って分かってても、目の前で下の子に

「えー、またこれ? お兄ちゃんばっかりずるい!」

って思いっきり文句を言われた瞬間は、やっぱりグサッとくる。

ここで

「わがまま言うな! もったいないだろう!」

って頭ごなしに怒鳴りつけるのも違うし、かといって

「ごめんね、新しいの買ってあげるから……」

って毎回財布の紐を緩めてたら、家計がいくらあっても足りない。何より、まだ着られる服がクローゼットで泣いている。

じゃあ、どうすればいいのか?

答えはもっとシンプルで、泥臭くていい。

別に、絶対にお下がりを完璧に拒絶する必要なんてない。下の子が

「ずるい!」

って口では文句を言っていても、それは「今のこの瞬間、ちょっと悔しい」っていう一時的な感情の爆発にすぎない。

だったら、そこを真正面からガチンコでぶつかり合う必要なんてなくて、ちょっとした「力技とアメ」で華麗にいなしてやればいいんだよ。

「そうだよね、お兄ちゃん新しいの買ってもらって羨ましいよね〜」

って、まずはその不満の感情にしっかり「そうだよね」と寄り添って共感してあげる。

その上で、

「じゃあ今日の保育園帰りは、特別にアイス買ってあげる!」

とか、ちょっとしたおやつで機嫌を取る。これだけで、子どものトゲトゲした気持ちって、拍子抜けするくらいスッと溶けていったりする。

親だって完璧じゃない。

全部を新品にしてあげるほどの余裕がない日だってある。

お下がりを着せ続けることに対して、罪悪感を覚える必要なんて一切ない。

ちょっと想像してほしい。

今、お下がりばかりで「やだなぁ」って不満そうにしているこの子が、いつか大人になったときのことを。

大きくなってから、実家でアルバムを見返したり、昔話をしたりしたときに、

「あの時さ、ぶっちゃけお下がりばっかりで嫌だったんだよね〜」

なんて、笑いながら話のネタにする日が絶対に来ます。

そして、そのすぐ後に

「でも、今なら分かるわ。親もいろいろやりくりして大変だったんだよな」

って、親の苦労や愛情をちゃんと分かってくれる日が来る。

だから、今ここで「私はダメな親だ」なんて思い詰めて立ち止まる必要なんてない。

子どもの「ずるい」という感情にちゃんと寄り添い、ときにはおやつでごまかしつつ、堂々とお下がりを着せ続ければいい。

大丈夫。あの時嫌だったことも、いつか笑える思い出に変わるから。

だから、今日からは「悩まずGO」でいこう。

心のモヤモヤが晴れたら、次に直面する「リアルな収納」の現実

「よし、子どもの気持ちもうまく受け止めながら、お下がりを上手に活用していこう!」

そう思って心がスッと軽くなったのも束の間、ふと現実の我が家に目を向けた瞬間、背筋が凍るような光景が目に入る。

……で、ちょっと待って。

この「これから着る予定のサイズ違いの服」や、ママ友から

「これ、下の子にどうぞ!」

ってもらった大量の段ボール箱、一体どこにしまえばいいわけ?

クローゼットを開ければ、すでに上の子の思い出の服や、季節外れの衣類でパンパン。

押し入れの奥も、いつか使うかもしれないベビーグッズですでに窒息寸前。

リビングの隅っこには、ガムテープが貼られた段ボールの山が、私を忘れないでと言わんばかりに積み上げられている。

そう、冒頭でチラッと言ったあの違和感。

服そのものの罪悪感から解放されたと思った矢先に、今度は「物理的な収納スペースの限界」という、どうしようもない現実が目の前に立ちはだかる。

捨てるわけにはいかない。

せっかくもらった好意や、まだ着られる服をポイっと処分するなんてできない。

これからも、お兄ちゃんの服は増えるわけだし、これ以上家の中の収納を圧迫されたら、毎日の生活スペースがどんどん狭くなって、こっちの精神が先に参ってしまう……。

心のモヤモヤが晴れたあとにやってくるのは、この溢れ返る段ボールの山という、リアルで生々しい収納問題の壁でした。

もし今、あなたも家の中のスペースと、もらった大量のお下がりや思い出の服の置き場所に頭を悩ませているなら、無理に家の中で窮屈な思いをする必要はありません。

大切な思い出や、まだ使えるお下がりを無理に処分することなく、今の暮らしの快適さと相手への誠意をまるごと守るための「新しい収納のカタチ」については、こちらの記事で詳しくまとめています。

ぜひチェックしてみてね。

コメント