子どもの頃、飲み終わったペットボトルを洗って眺めながら、ちょっともったいないなって思ったことありませんか。
「これ、フタもちゃんと閉まるし、水を入れたらそのまま立派な水筒になるのになあ」
って、当時は本気で思っていました。
豆腐のあのペラペラのパックだって綺麗に洗えば小分けの容器になるし、かまぼこの板だってまた何かを乗せられるポテンシャルを秘めている。
大人の目から見たらただのゴミでも、子どもの純粋な目で見るとまだ使える宝の山に見えたんですよね。
大人になった今でも、お菓子が入っていた頑丈な綺麗な空き缶や、しっかりしたブランドの紙袋、状態の良い輪ゴムに出会うと、
「いつか何かに使えるかも」
って思って、ついつい引き出しの奥にしまってしまいます。
この気持ち、共感してもらえるんじゃないかなって思うんです。
でも、そうやって大切に取っておくうちに、ふとこんなことを考えたりしませんか。
世の中の「捨てられない人たち」は、
「一体あの大量のストックをどこに隠しているんだろう」
って、たまにこっそり気になってしまうんです。
1. 「まだ使える」は間違いじゃない。モノのポテンシャルを見抜くセンサー
子どもの頃、フタがしっかり閉まるペットボトルを見て、これなら立派な水筒になるのにって思っていました。
豆腐のペラペラのパックだって、かまぼこ板だって、まだまだ別の役目を果たせるはずだっていじらしく感じていたんです。
大人の言う「ゴミ」という言葉に、どこか違和感を覚えていたのは私だけじゃないはず。
今考えてみると、あれはただの物惜しみではなくて、モノが持つ本来のポテンシャルを見抜くセンサーみたいなものだったんですよね。
世の中では何でもかんでも「リサイクル」って言われるけれど、ペットボトルを集めて粉々に砕いて、また形を変えるためにわざわざ大きなエネルギーをかけるのって、なんだか少し遠回りに感じませんか。
綺麗に洗って、そのままもう一度使う「リユース」のほうが、よっぽど自然でエコなんじゃないかなって。
だから、「リサイクルされているから大丈夫ですよ」って優しく言われても、心のどこかでちょっとモヤモヤしちゃう。
でも、そうやって考えてきた自分の感覚は、決して間違っていなかったんだなって最近思うんです。
「あ、私だけじゃなくて、ちゃんとこの感覚はまっとうなものなんだ」
そう思えたら、ちょっと胸をなで下ろせる気がしませんか。
2. 「いつか使うかも」が止まらない。大人のロマンと愛おしいコレクション
ダイドーの「ザ・ブラック」っていう樽型の缶コーヒー、覚えていますか。
あそこのコロンとした形がすごく好きで、上面の鉄板をきれいに切り取って今でもペン立てとして使っているんです。
たった二百円もしない缶コーヒーなのにね。
効率や値段だけを考えたら、わざわざそんなことしなくてもいいのかもしれません。
だけど、形が自分好みだからっていう理由だけで、どうしても手元に残しておきたくなっちゃう。
お菓子の頑丈な空き缶とか、綺麗なブランドの紙袋とかも、まさにそうです。
「いつか何かに使えるかもしれない」って思って、ついつい引き出しの奥にしまってしまう。
こういうのって、今の何でもスッキリ効率よく片付けましょうっていう世の中に対する、ちょっとしたささやかな抵抗みたいなものなのかなって思います。
決して、何でもかんでも取っておきたい貧乏性とか、ただの片付けられない性格というわけじゃない。
モノに宿っているポテンシャルや愛らしさを見つけて、大切にしてあげたいっていう、立派な趣味でありこだわりなんですよね。
そう気づけたとき、なんだか自分の胸のつかえがスーッと取れていくような気がしませんか。
「あ、私ってただモノが捨てられないんじゃなくて、ちゃんとモノを愛おしむ感性を持っているんだな」って。
自分のこういう気質に、少しずつ納得がいき始めるんです。
3. 家族の正論に揺らぐ葛藤。そして気付く「収納」という現実の壁
とは言いつつも、家族からは冷たい目を向けられることもあります。
「どうせ使わないんだから、いい加減に捨てなさい」
なんて言われてしまうと、ぐうの音も出ません。
「ハイ」
って素直に従って、泣く泣く手放すのが大人の処世術だったりするんですよね。
冒頭でふと気になっていた、
「世の中の捨てられない人たちは、あの大量のストックをいったいどこに隠しているんだろう」
という疑問の答えは、きっとここにある気がします。
いくらモノの価値やポテンシャルをわかっていても、私たちが暮らす家のスペースには、どうしても物理的な限界があるもの。
どれだけ愛着があっても、クローゼットや押し入れのキャパシティを超えてしまうと、泣く泣く手放さざるを得ない現実の壁が立ちはだかります。
「大切にしたい気持ちはあるのに、家の広さのせいで諦めなきゃいけないの?」
この、胸の奥がキュッと締め付けられるようなモヤモヤ。
まさにこれこそが、私たちが抱えている本当の悩みだったんだなって気づかされるんです。
4. 家のスペースを諦めない。「捨てない」という新しい選択肢
そう考えると、私たちがこれまで感じていたモヤモヤの原因は、モノを捨てられない自分自身ではなくて、お家の「収納スペースが足りない」という物理的な制限にあったんだって気づきます。
だったら、モノを無理に手放すんじゃなくて、収納の制限のほうをなくせばいいんですよね。
お気に入りの空き缶や、いつか何かに使いたい大切な宝物たちを、ただ諦めてゴミ箱に入れる必要なんて本当はないんです。
自分の手元からすぐになくしてしまうんじゃなくて、まるで自分だけの「もう一つのクローゼット」みたいに、別の場所に大切に預けておく。
そんなライフスタイルを選べば、自分の「もったいない精神」を無理に否定しなくてもよくなるんだって思えました。
「これなら試してみようかな」
って、少し心が軽くなりませんか。
もし、大切にとっておきたいモノがあふれて困ってしまったときは、こちらの記事も参考にしてみてください。
「いつか使うかも」は大切にしていい。捨てたくない人の新しい片付け
「まだ使えるのに捨てるのはもったいない…」と片付けの手が止まっていませんか?無理に断捨離して後悔する前に知ってほしい、大切なモノを1つも手放さずに部屋をスッキリさせる「捨てない」片付けの新しい選択肢をご紹介します。
自分の大切な気持ちも、思い出の詰まった宝物も、何も諦めずにそのまま大切にしていく。
そんな心地いい暮らしを、これからは選んでいきたいですね。



コメント